地域漁業学会 シンポジウム報告
地域漁業と大学 ―地方創生と人材育成の視点からー
広島大学 天野通子、山尾政博
シンポジウムが目指したもの
去る2015年10月24日~25日、社会文化的な視点から水産業と漁村社会の解明を目標とする地域漁業学会第57回大会が、広島大学生物生産学部を会場に開催された。地域漁業学会では、本学部で大会を開催するのを機に、農学・水産学分野を教育対象とする中四国の大学が取り組む地域志向型教育の諸実践について交流をはかり、今後の人材育成の視点を議論することにした。
農学・水産学分野では、もともと現場主義にもとづいた地域志向型教育をめざしてきた。しかし近年は、教育研究分野が細分化し、より高度な内容へと進むにつれ、大学教育にあった現場主義が薄れつつある。大学の社会貢献や地域貢献、地域連携といった具体的な社会的責任が課せられるなかで、再び地域志向型教育へ軸足を移す動きもみられる。
シンポジウム報告を担当したのは、文部科学省の「地(知)の拠点大学による地方創生推進事業」(以下、COCと称す。)の支援を受けて活動する広島大学、島根大学、愛媛大学の関係者、それに水産業に人材を送りだすことを使命としている下関水産大学校であった。企画・立案は、広島大学COCの中山間地域・島しょ部領域の天野通子特任助教が担当した。
広大地(知)の拠点活動からの問題提起
シンポジウム開催にあたり、天野助教が、条件不利化する地域漁業社会と地方創生の動きについて問題提起した。
沿岸部、島しょ部からなる漁村地域は、地域経済を支える漁業が衰退し、過疎化・高齢化が進んで地域社会の活力低下という問題に直面している。一方、地域を盛り上げるために様々な人が多様な取り組みを行い、それを支援する多様な施策が実施されている。
このようななか、地域社会において人材育成を担う地方大学では、新たな動きが注目される。近年、大学では、社会貢献、地域貢献、地域連携など、社会から具体的な責任が課せられている。大学の社会的責任が強く求められるなか、地方大学は、地方で活躍する若者を育成する場としての役割が再認識されている。文部科学省はこうした大学への社会的期待に応えるために、平成25年度から「地(知)の拠点整備事業」(COC)、平成27年度からはこの事業を拡大して「地(知)の拠点大学による地方創生推進事業」(COC+)を開始した。
農林水産学分野を教育研究対象とする大学・学部の多くは、これまでもフィールドワークを重視する、現場主義にもとづいたカリキュラムを実施した経験を有してきた。しかし、このプログラムに参加することで、地方創生というこれまでより実践的な課題の解決と、そのための人材育成という目的意識にそった教育研究体系の確立を目指すようになってきた。シラバスに地域志向型教育を導入し、或いは、新学部創設、大学の地域センター設立など機構改革の動きが活発になっている。大学は、地元地域の力を借りて学生を教育することを、現場主義にもとづいた地域志向型教育として位置づけようと努めている。こういった教育方法は、これまでフィールドワークを重視していた関係教育コース、あるいは研究者が独自におこなってきた。それが、今は学部や大学、さらには地方の大学ネットワークによって実施されつつある。
地域志向型教育を支える枠組み
大学には、地域志向型教育を支えるシステム作りが求められている。図に示したように、地元地域と連携を取りながら、学生教育を実施することになる。大学の側には、地元地域との間で活動の企画・立案、さらには実施を担当する有能なコーディネーターの配置が求められる。一方、大学は、地域との交流・連携を通して、具体的な地域貢献活動を行うことが求められている。
シンポジウムの論点
シンポジウムでは以下の三つを論点とすることになった。
第1には、大学が取組む人材育成の方向性について、意見交換を行うことである。地域志向型教育が即戦力となる人材の育成を目指すのか、中長期的な視点で学生の人材育成をはかるのか。そこで目指すべき人材像とはどのようなものか。これを地域とどのように共有してゆけばよいのかが議論になる。また、教員が独自におこなってきたフィールド教育との違いは何か、についても重要な論点である。
第2には、地域と大学、継続的な連携の仕方とはどのようなものかを議論することである。コーディネーターの視点、大学教員の視点からみる連携と、地域が大学と連携するこことの意義とメリットをどのようにみているかを明らかにすることである。
第3には、持続可能な地域志向型教育のしくみの確立に向けて大学に求められること、連携地域にできることは何かを具体的に提案することである。
広島大学生物生産学部のCOC活動の特徴
広島大学の取組については、コーディネーターの大泉賢吾氏が、「地域連携から地方創生につなぐ人材育成と地(知)の拠点活動」というタイトルで報告した。広島大学では平成25年度より、「平和共存社会を育むひろしまイニシアティブ拠点」をテーマにしたCOCに取組んでいる。生物生産学部では、中山間地域・島しょ部をフィールドに、農水産業と地域社会の課題解決に向けた地域志向型教育を行っている。広島県の瀬戸内海島しょ部や中山間地域では、過疎化・高齢化が進み、生活・生産面での条件不利化が著しく、活力低下という問題に直面している。生物生産学部では、こうした問題に積極的に対応する先進地域の自治体および地域社会と連携し、地域を志向した教育・研究・社会貢献を行っている。
生物生産学部1年生全員を対象に行う体験授業、教養ゼミの場で行われる事前と事後の学習活動、地域振興で活躍する方々を講師に招いて開講する特別講座、全学部を対象にした地域志向インターンシップ、地域特別演習などが実施されている。連携先は7市町10地域にわたり、地方自治体および地域住民のご協力により、学生教育が実施されている。
自治体、地域、学生、教職員が参加して開催する円卓フォーラムは、地域と学生・大学の連携や取組を強化するために必要な情報共有の場であり、活動改善に向けた意見交換の場である。人材育成に向けた地域志向型教育の在り方、域学連携と人材育成に対する地域の短期的期待が議論される一方、域学連携のメリットで説明できない、人材育成に対する地域の深い思いも学生・教職員に伝えられている。
山陰漁業の振興と水産教育の確立に向けた島根大学の取組
島根大学生物資源科学部の伊藤康宏氏は、「島根大学の取り組み:しまだいCOC事業」というタイトルで、山陰における水産教育拠点形成に向けた取り組みを中心に報告した。生物資源科学部では中山間地域における課題解決に取り組む一方、水産分野では山陰の水産業を題材とした水産教育を企画・立案しつつある。山陰は日本でも有数の漁業のメッカであるにもかかわらず、人材育成の場が十分ではない。水産業と言っても、太平洋と日本海では何もかも違う。山陰および日本海の水産業を題材とした水産教育が必要とされており、育てる学生には水産業普及指導員のような役割が期待されている。
島根大学では、「つくり育てる水産業」マインドを持った若手水産指導者の育成という具体的な課題を掲げて、山陰の水産業を題材とした水産教育に取り組む活動を具体化させている。しまだい水産資源管理プロジェクトセンターは、持続的で安定した生産のための有用水産資源の管理に関する課題研究を行っているが、それらの多くは地域社会からの強い要望をうけて実施しているものである。
地域にあって輝く大学をめざす愛媛大学の取組
愛媛大学農学部の若林良和氏は、「愛媛大学における地域志向型教育とCOC事業」と題して、同学部が取り組んできた地域志向型教育の実践、それを踏まえた社会共創学部設置の動きについて報告した。
愛媛県は水産業が盛んな県だが、水産学を専門的に教育するコースを持っていなかった。そこで、水産業の活性化に貢献できる人材育成と、先端的な研究を基礎にした「新しい水産業」を推進できる人材育成を目標に、農学部内に海洋生産学特別コースを設置した。平成21年にスタートして、すでに6年間の実績を積んでいる。このコースの特徴は、3~4年生は実験・実習を中心にした専門教育を、愛南町にある南予水産研究センターで受けることである。愛媛大学は愛南町との強い連携と支援のもと、地域志向型教育を効果的に実践している。
愛媛大学では、文理融合・連携による多彩な教育の展開を目的とした社会共創学部の新設を構想・準備している。講義とフィールドワークでの実践がつながるようなプログラムを計画しており、地域の課題解決に取り組む人材育成を目指している。水産業では養殖システムにおける新資源の発掘、漁村コミュニティーの活性化などが学ぶテーマになる。水産業振興を通して地域活性化を目指す学生の履修モデルをすでに作成している。地域が求める人材育成の可能性と限界を踏まえつつ、地域連携のあり方を考えていきたいとのことである。
水産業界に人材を送り続ける水産大学校の教育活動
独立行政法人水産大学校の甫喜本憲氏は、水産流通経営学科に焦点をあて、長年にわたる教育活動の成果を要約して報告した。農林水産省所管の日本で唯一の水産専門大学であり、水産業界に有能な人材を送り出すことを社会的使命としている。水産関連への就職率は88.2%ときわめて高い。国立大学法人がCOCを実施して地域志向型教育を導入・実践しようとしているのに対し、水産大学校では実践的かつ地域に根差した教育内容をすでに構築している。水産流通経営学科では、1年次から4年次の卒業論文作成に至るまで、水産物フードシステム実習、水産人材育成論、水産フィールドワーク論、漁業経済・流通調査実習調査、水産地域振興論などの科目を配置している。同学科では、他の専門科目とあわせて体系的な地域志向型教育カリキュラムを実施している。
地域振興に関する漁村からの相談や自治体からの要請に対して、学生へも参加をよびかけている。また、小・中・高校への出前講義はもとより、水産業界および地域での社会人教育も行っている。こうした活動を通して大学校は地域との連携を強化している。
水産大学校の特徴は、きわめて効率よく地域志向型教育や地域連携が行われていることであり、日常的に運営される教育カリキュラムのなかに組み込まれていることである。長年にわたり意識的に取り組まれてきた教育活動の成果である。
参加者とパネリストの活発な議論
後半のディスカッションでは、一般参加者、研究所関係者、大学関係者から様々な意見が交わされた。他大学でCOCに取組む大学関係者からは、大学改革によって人員や予算の削減がおこなわれるなかで、大学内のガバナンスも整わないままに、地域志向型教育を組み込んだ教育内容の充実をはからなければならない現状が語られた。また、これまで大学はグローバル化への対応とそれにともなうグローバル化人材の育成を求められてきたが、急きょ地方人材の育成が求められ、両者のギャップにとまどいを感じる教員が少なくない。特にCOC+では、地方の就職先が限られているなかで、地方人材を育成し地方への就職率を求められ、政策としての矛盾を感じざるを得ないとの意見があった。
一般参加者からは、地方創生が指す「地方」と実際に議論される「地域」との言葉の概念の違いを考慮する必要がある点が指摘された。また、これまで大学研究者が地域と関係を築きながら培ってきたフィールドワークによる教育と今日求められている地域志向型教育とは、求められている教育像が異なるのかという質問があった。これに対し、報告者側からは、水産大学校の姿が現在求められている教育のあり方であり、他大学はそれを目指して取組んでいると答えた。
地域志向型教育のあり方については、多様な意見がみられた。ひとつは、学生の自主性を重んじながら行う自立的な活動であると捉え、地域と大学が相互に協力しあって地域を担う学生を育てるという考え方である。もう一つは、大学は、いかにして地域が学生に与える専門性の高い知識を吸収させるか、という点である。地域志向型教育には、地域と関わる事前、地域活動に参加した事後における大学による教育的指導が重要であるという議論もなされた。
全体のまとめ
4人の報告と全体討論を通して、次のような地域志向型教育に取組む意義が確認された。
1 地域漁業・漁村社会と大学教育との連携
地域では、即戦力となって地域創生活動を担う若者人材が欲しいという強い要望がある。しかし、専門教育がメインの既存の大学教育では対応が難しいが、最近になって、大学は地域志向型教育をカリキュラム化している。一方、地域は教育の場と現場の経験知を提供し、大学と共同して若者を育てるというスタンスをもちつつある。
2 大学が取り組む人材育成の方向性
大学が取り組める人材育成は中長期的な視点にたったもので、必ずしも短期的なものではない。目指す人材像は、個々の能力を生かしながらも、チームワークで地域問題を解決できる能力のある人である。そうした人材育成のためには、大学のカリキュラムを体系化するとともに、地域と大学が共同した手作り感のある育成プログラムが求められる。
3 地域と大学の継続的な連携
地域と大学の関係を継続させるためには、大学が地域を疲れさせない、節度のある付き合いや学生の成長を感じさせるプログラムづくりが必要である。一方、地域・市町からの教育内容に関する提案を大学の地域志向型教育に反映させる枠組みが有効である。これまで次元が違うものとして扱われてきた、地域の若者を受容れる活動と大学の地域志向型教育を共同させる取り組みの連携が有効である。
4 持続可能な地域志向型教育の仕組みづくり
地域志向型教育を進めるには、地域内、大学内でのノウハウの蓄積とマニュアル化が効果的である。多様な内容をもつ教育カリキュラムにおいて、重点項目を明確化して取組み内容の簡素化をはかることが有用である。それによって、大学内の地域志向型教育向けの経費を節約できる。また、地域がもつ様々な地方創生活動と地域志向型教育を連携させれば、コストシェアができる。さらに、地域志向型教育を進めるための大学間ネットワーク、地域が大学と連携するための地域間ネットワークを構築することによって、情報共有と連携窓口の一本化がしやすくなる。
5 大学との連携に、地域はどのような効果が期待できるか
大学内に地域貢献に関する学生や教職員とのネットワークづくりを進める。一方、地域のなかに、地域の場をつかった教育プログラムの提供の仕方などノウハウの蓄積が進むことが期待される。地域が大学との連携活動に取組むことによって、調整のあり方や内部人材の育成が進む。地方創生を担うことができる人材の輩出につながる。
報告者が提起した論点、討論で示された問題点や課題は多岐にわたる。今後さらに実践を深めるなかで、水産業及び漁村社会における地方創生と人材育成に、大学がどのように関わるかが深められなければならない。