第三世代が考えるヒロシマ「 」継ぐ展 レポート

広島大学2年 教育学部第3類日本語教育系コース

小川 歩美 (おがわ あゆみ)

  8月6日。この日に平和公園にいたのは、今年が初めてでした。もうすでに8時15分を過ぎてお昼になったころ、平和公園に向かって歩きながら、「今踏んでいるこの地面は、71年前はどんなだっただろう」と考えました。

 私は今年、第三世代が考えるヒロシマ「 」継ぐ展に学生ボランティアとして参加しました。前から何かヒロシマや平和に関する活動に参加してみたいと思っていましたが何もしておらず、今年こそと思ってインターネットで検索をかけてみたところ、「継ぐ展」のバナーを広島大学のホームページで見つけました。私は、平和公園でのボランティアというと英語でのガイドなどしか思いつきませんでしたが、「継ぐ展」は、クリエイティブな形でヒロシマを継いでいくもので、他と違っていて興味をひかれたので応募しました。

 授業や試験期間の関係で、事前取材やみなとみらいの本展には参加できず、文字起こしと広島会場のみの参加になりました。8月6日は会場の設営と、夕方からは「とうろうに込めるメッセージ」のブースで、来場された方に説明をするなどしていました。「とうろうに込めるメッセージ」は、会場にあるタブレットを使って、自分のヴァーチャルとうろうを作り、インターネット上の川に平和へのメッセージとともに流すという企画です。とうろうを作る課程で、自分が平和に向けてできることを選択して、平和へのメッセージを入力するところがあり、「継ぐ展」のタイトルにもある「 」の部分を自分で考えるようになっていました。夜になるにつれて来場者は増えていきました。外国の観光者の方もいらっしゃいました。英語で説明をしたのですが、手順を説明しただけで「継ぐ展」の目的まで説明できず、そこは反省点だと思っています。

 

 「71年前のヒロシマはどんなだったか」。やはり、私にはこれを想像することができませんでした。そしてそれに危機感を覚えました。わりと平和学習の多かった私たちの世代でもこうなら、私たち以降の世代はどうなるのだろうかと思ったからです。戦後71年経ち、被爆者の方々が証言できなくなる一方で、ヒロシマのことを知らない子供たちが増えているというニュースは、この時期よく聞かれます。そう考えると、知るだけではなく「継ぐ」ことの重要性を強く感じます。では、どうやって継ぐかというところなのですが、今、私には何のアイデアもありません。ですが、「継ぐ展」に参加して、様々な人を知ったり知り合えたりできたことで、30代40代の方々から私たち世代を含めて第三世代なんだなと気付くことができました。つまり、アイデアがないうちはそういった先輩方の活動に参加して学べば良い、もし何かやろうと思ったときにも、同年代だけでやろうやろうとするのではなく第三世代の先輩方の力も借りればよい、第三世代で協働して継いでいけばよいと、私はこの活動を通して知りました。

 私は、広島市の被爆者体験伝承者に応募したいと考えています。「継ぐ展」に応募したときに読んだホームページの継ぐ人のインタビューの中の伝承者の女性のお話がきっかけです。そして、今年いろいろな気付きや人との交流やきっかけを得ることができた「継ぐ展」に来年も参加したいと思っています。

継ぐ展広島